忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜

地方の精神と国のかたち、都市は地方の接ぎ木である。

“豊後のロレンス”のブログを訪問頂きありがとうございます。 望郷の念止み難く、豊後及び佐伯地方の郷土史研究と銘打って日々の想いを綴っております。たまには別館ブログ(リンク先)でcoffee breakしてみて下さい。読者になって頂ければ励みになります。

芭蕉、来たれ

 年末年始にかけて一ヶ月ほど豊後佐伯地方に帰省し故郷の歴史の現場踏査に臨んだ。先学諸氏とも交流の栄誉に浴したが、これまでの資料分析と違って今もって中々その成果を筆に託せない。感情が先立つのである。

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  偶然と言うべきか奇跡的というべきか、予期せぬ出来事も続いた。西日本平家会会長(平氏)との出会い、その縁で椎葉系那須一族(源氏)との対談、先学や縁者による筆者の系譜(大友氏、長宗我部氏)の発見と交流、おまけに行方知れずであった学友の半世紀振りの発見、と話題に事欠かない。中でも最大の発見、出会いは故郷の稀有なる自然、そこに暮らす昔と変わらぬ竹馬の友とのタイムスリップであった。

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 自然のみならずこの地方には埋もれた歴史も多い。ただ、人々は穏やかでその稀有なる自然と世に知られぬ歴史事実を騒ぎ立てる性情に欠けている。この事が故郷の未来に決定的な足枷になっている。寧ろ、その性情こそこの地方の最大の価値かも知れない。地域再生を競うべき豊後の旧国東郡速見郡、大野郡といった地方と違いまるで戦う気概が見えない。確かにこの地(旧海部郡)は居心地がいい。かつて佐伯氏が統べたこの地の孤高の気品が変成してしまっているのである。

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 まず自然である。それぞれに絶品の海と山と渓谷が凝集している。火山国豊後にあってこの地だけは地勢の成り立ちが違う為、火山が無い。よって地勢の肌品質が良い。形状が秀麗である。抜きん出た名勝は無いが、見事な自然景観が散りばめられている。いずれも一級品と断じてよい。その自然さえもこの地の人々と同様に主張をせず穏やかなのである。だから見飽きる事がない。

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 海、入江と岬がまるで粗い櫛の歯のようで、豊後水道の対岸には屏風のように伊予の山々が連なり、水道を南に抜けると広大な太平洋が光輝いている。岬の丘に立てば背後に重畳の山々が穏やかな表情で見守っている。

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 山、西の一千メートル級の山々から幾筋の山陵が渓谷を形成し東の豊後水道に向かって緩やかに降って行く。その地質は多様で凄烈な水滴と水流に削られた渓谷には幾多の滝や洞穴や奇岩が潜んでいる。暮色の頃は墨絵の世界が現れる。

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 加えて戦乱の敗者の数々の漂着伝承や古くからの移住者の末裔が今も海浜や山岳に歴史を刻んでいる。だが敗者側の歴史は残らない。人々もまた口を噤む。それ故に自然と人々が紡ぎ合い詩情豊かに調和的に静かに時を刻むだけである。ワーズワースを信奉する国木田独歩が愛さずにはおれない由縁である。種田山頭火が埋み火を燃やして密かに訪れざるを得ない程の想い人を生む地なのである。漂着したリーフデ号の死の寸前の船員達を手厚く看護し蘇生させた心ある人々の暮らす地なのである。また、この地は西南の役に最期の武士達がその山陵に海浜に散華した田原坂を凌ぐ激戦地でもあり人知れず悲哀の情景をも宿す。

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 古来、この地は交通の要衝から外れてきた。今も概ねその状況は変わらない。だから自然や人々が澄んでいる。歴史の表舞台にも登場しない。詩情溢れる隠れた名勝と陽の当たる事のない歴史が今も注目される事なく息づいている。このままでも良いのかも知れない。世の人々が最も必要とする価値が手付かずにある意味は大きいのかもしれない。

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 それでも現代の松尾芭蕉を旅させてみたい地である。それほど去り難い風情の漂う故郷の心休まる旅であった。君にまた会いに来る。必ずや会いに来る。

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