忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜

地方の精神と国のかたち、都市は地方の接ぎ木である。

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母のツバメ

 この時期の母のパートナーは玄関の梁に住まう燕である。誤解なきよう言っておくが”若いツバメ”ではない。最早そんな歳ではない。今年、90歳になる。

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 限界集落を絵に描いたような、かつては里山であった山間に、父が逝った後は一人で暮らす。家の外に出ても話す相手がいない。周りに人気(ひとけ)が無い。風の過ぎる音でありその山を揺らす音のみである。会話にならない。日がな無言で過ごす。脳にとってはあまりいい事では無い。燕は唯一、側に生命がある事を母に意識させてくれる大切なパートナーである。母がそう告げた訳では無い。筆者がそう思いたいだけである。週末に電話を入れ、母を鼓舞するだけの会話の精彩の無さである。里山の様子を聞く。そこに生きた記憶が、懐かしい記憶が、それを求める。桜は咲いたか、菜の花はどうだ、蓮華はそろそろか、田植えはぼちぼちだな。

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 父が逝って米作りは知り合いに頼むようになった。ここにも人がいない。90歳にもなろうとする農夫が頼りだ。美田が自然に還る日も遠くない。この山の米は人も羨むほどに美味い。寒暖差がこの味を産む。筆者は母に新米を送れとは言えない。母が米でも送ろうか、その声を有り難く聞く。申し訳なく聞く。

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 雀がいなくなったと母が言う。雀は終生、人と共に生きる。燕と違って留鳥である。その地に住み着く。昔は雀が叩(はた)けるほどに周りにいた。屋根瓦の隙間に巣を作った。偶に青大将が雛を呑みにきた。当たり前の光景だった。雀はどうして消えたのだろう。母も知らない。里山の人より先に消えた。

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 燕の巣作りは縁起がいい。母の玄関には毎年南方から飛来する。今年も既に雛がいる。母の燕は毎年、三番子まで生む。同じつがいが三回卵を生む。三回雛が巣立つ。母の家は何とも縁起がいい。

 

 燕は雛がいる間は人が近づくと威嚇する。軒を貸す母にさえ容赦しない。その癖、人が棲まない家には寄り付かない。営巣しない。三番子が巣立つまで母の糞の世話も終わらない。

 

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 母も永遠にその家にいる訳ではない。お前達を守れる時間は、営巣を保証する時間は、そんなに残ってはいない。少しは優しくしたらどうだ。せめて日中は母の側に五月蠅く囀(さえず)ってくれ。お前達も共に母を鼓舞するのだ。