忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜

地方の精神と国のかたち、都市は地方の接ぎ木である。

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春の鳥(国木田独歩と豊後の国佐伯) Y2-15

 「国木田独歩碑」は城山の本丸外曲輪の入口、冠木門の土台跡に立っている。城山に建てるなら場所はここではないような気がする。


 「春の鳥」を読めば自ずと天守台のある本丸の内に建てるのが適っているような気がする。「白痴の少年、六蔵」の側に立っていて欲しい気がするのである。独歩は本丸の「草を敷いて身を横たえ」読書をし瞑想をした。やはり碑は本丸に立っているのが相応しい。

 それに「独歩の道」は武家屋敷からの本来の道を拓いてやったらどうかと思うのである。今の独歩の道は独歩の時代には未だ存在しなかったのであるから。独歩の愛した城山を独歩と共に登るにはこの道では無いと思うのである。それは「登城の道」のように人一人が通るにやっとの細く風情のある道であったはずである。

  

 さて独歩が城山の深い森の中にその声を聞いた村娘達は「若宮の道」を辿って枯れ枝を拾いに来ていたとするのが妥当であろう。別の記録に、「独り城山に登りて、その背面のもの寂しげなる所に至れば、蔦葛纏いたる石垣の陰に人の声聞こゆ」とある。城山の北側の森は村人達の入会地だったということであろう。村娘達はそこで六蔵に驚かされる。時は秋の末である。物語の始まりである。

 

 娘たちを驚かせた後、「薄暗い森の奥から下草をわけながら道もないところから」独歩の前に六蔵は出て来た。六蔵がいつも使う「武家屋敷からの道」は若宮の道とは真反対にある。六蔵は城山の道なき深い森の中を歩き回った。北出丸の下を回って娘達のいた辺りに出てきても不思議ではない。独歩が本丸から声をかけると少年はその石垣をよじ登って来た。だから「春の鳥」の本舞台は「本丸の北側角」と理解しておきたい。


 少年は鳥が好きで鳥さえ見れば眼の色を変えて騒ぐ。けれどもどの鳥を見ても「烏」だと言う。「幾百千とも知れず烏の群れ、多くは城山の森林にねぐらを求めて投じ」ていた。独歩は白痴について酷い表現を使う。「白痴となると、心の唖、聾、盲ですから殆ど禽獣に類して居るのです」。だが六蔵との時を過ごすにつれて、独歩は「少年は天使です」、というまでになる。そして少年六蔵は、最後に「本丸の北側角の石垣」から鳥になって飛ぶのである。

 独歩が信奉したワーズワースに「ある少年」(小説中には「童なり」とある)、そして「白痴の少年」という詩がある。「春の鳥」にその影響を見ない訳にはいかない。ただ、独歩はワーズワースの「ある少年」よりも六蔵のことは「更に意味がある」と結論している。

 ワーズワースの「ある少年」、一人の少年が夕べごとに寂しい湖水のほとりに立って指笛で対岸の梟に呼びかける。梟は騒ぎ立ちやがて静寂が戻ってくる。この少年は幼くして死に自然の懐に帰って行く。ワーズワースは、少年のように純真で詩心のある存在は神に通じると見ている。独歩も「梟声」について書いている。「梟の啼き声はもの哀しくて、これを城山の深樹に聞き、五所大明神の森に聞き、馬場の松原に聞き、冬の夜聞かずして春の夕暮れに聞く」。ただ、ワーズワースの「ある少年」は六蔵と違って「白痴ではない」。

 「白痴の少年」、母親に重要な役目をいいつけられて馬で出かける。いつまで経っても帰ってこない。役目を忘れたか、それ以外の大切なものを見つけたか、少年は馬上、月下の自然の中に彷徨う。既に俗世間からの超越世界にいる。「にわとりがホーホーないていた、おてんとさんがとってもつめたくひかってた」。ワーズワースは、「白痴なるが故に」永遠の天使、神に通じる存在と見る。「少年でなくても」天使であり得ると見ているのである。「白痴であるが故に」俗世間から超越して自然の懐に抱かれ得る存在だと言っている。

 一方、独歩の六蔵は、白痴であっても「少年でなければ」永遠の天使、神に通じる存在にはなれない。だから独歩は六蔵を城山の石垣から飛ばせた。「天使である為に」永遠の少年にしたのである。白痴であるからこそ飛ぶ事が出来た。そこに「更に意味がある」。(以上、筆者の解釈)

 城山の北にある六蔵の墓参りに行くと母親が先に来ていた。すると「城山の森から一羽の烏が翼をゆるやかに、二声三声鳴きながら飛んで、浜の方へゆくや、白痴の親(六蔵の母も姉も白痴なのである)は茫然と我をも忘れて見送って居た。この一羽の烏を六蔵の母親が何と見たでしょう」。

 独歩は、秋の末に六蔵に会い、翌年の春に六蔵は飛んだ。城山の石垣から飛んでも我々は最早永遠の少年少女には戻れない。