1.からむし
苧(お)、苧麻(ちょま)、青苧(あおそ)などと書く。イラクサ科の植物で繊維(靭皮繊維)が採れる。有史以前、縄文時代の頃から利用されてきた日本でも代表的な植物繊維である。現在でも越後上布や小千谷縮の材料などに使われている。
大和王権時代にも職業部である麻績部(おみべ、糸を作る)や機織部(はたおりべ、布を作る)が必要にした材料で持統天皇も詔勅でその栽培を奨励したほどの繊維材料であった。中世には越後が一大生産地で上杉氏はこの繊維から莫大な利益を得た。
近世まで釣り糸や漁網にも利用され山の民が海の民に行商した代表的な製品でもある。
2.苧環
「おだまき」と読む。糸を巻いて中空の玉状にした糸玉をいう。糸を内部から繰り出し易くするよう巻き取られている。語源は”お(苧)のたまき(環)”、からむしから取れた糸玉による。因みに植物の”オダマキ”からは繊維は取れない。花弁の形状が苧環に似ているのでその名になっただけのことである。
3.苧環伝説
始祖英雄譚の一種の型である。ある美しい娘の元に名もしらぬ男が毎夜通ってくる。娘は懐妊するがその男の素性が分からない。男の衣に針を刺し糸を縫い付けその後を辿っていくと大蛇(怪物)であった。大蛇は刺された針がもとで死ぬが娘が生んだ子は英雄になる、というもので怪物は神の化身であったという神婚譚でもある。一族の祖が偉大であることを殊更強調するために創作された伝承類型である。
苧環から繰り出される糸を手繰っていくことから苧環伝説という。因みに糸を刺すという意味は糸目をつけるということで、古来、糸目は呪文や魔除けの意味があった。糸を刺すのは女性であり男の安全を祈願するとともに、一方でこの男は私の専有物なのだから手を出さないで、という印でもあるらしい(三重大学「三輪山の神の遠出」武笠俊一)。千人針に通じている。
4.大三輪(大神)氏
古事記にも苧環伝説がある。十代崇神天皇の時代、陶津耳命(すえつみみのみこと)の娘「活玉依姫(いくたまよりひめ)」のもとに男が通い妊娠した。男の衣に針を刺し辿っていくと御諸山(三輪山)の神の社に導かれた。御諸山の神は「大物主神」である。糸玉に糸が三輪残ったので三輪山となった(といわれる)。
大三輪(大神)神社の祭祀職大三輪(大神)氏の始祖は大田田根子である。十一代垂仁天皇の時代、疫病が蔓延して世が乱れる。大物主神があらわれ大田田根子という者に祭祀させ自分を祀れば疫病は治まるという。田根子を探すと河内(大阪東部)にいた。自分は大物主神が活玉依姫に産ませた子の子孫であるという。天皇が言われた通りにすると疫病が収まった。こうして一族は三輪山の祭祀権を得た。大和王権と大三輪氏の特別の関係を暗喩している。豊後の大族大神氏(”おおが”と読む)はその傍流である。
"おおみわ"で混沌 Y3-07 - 忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜 (hatenablog.com)
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(日豊ぶらりぶらり「怖しきものの末裔、2023.01.16」)
5.大神惟基
豊後の大族大神氏の始祖である。母は見目麗しき娘・華の御本(宇田姫)、父は「祖母嶽大明神」の化身である大蛇である。古事記より後世になって作られた苧環伝説がここにもある。
姫が糸を手繰って行った先で「針の鉄気(かなけ)」、あるいは「鋭い針」にやられた大蛇は、「生まれてくる子は男子、氏は大神、名は大太夫、諱は惟基と号すべし、守りの為に太刀を取らす」と告げ息絶える。成長した惟基は「大番役」として宮中でも勇名を馳せる。
何も大蛇を死なせなくてもいいような気がする。ただ、古事記の時代より社会情勢は変化している。大蛇は水の神である。針は鉄文化であろうか。豊後一の大河・大野川が流れる豊後大神氏が起こった豊後大野地方一帯は朝鮮半島から製鉄部族が入ってきた地でもある。鉄を使用して治水に成功したことを象徴しているのかもしれない。
豊国(からくに)と韓国(からくに)のからくり 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(13) - 忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜 (hatenablog.com)
この大神惟基の子孫は家紋に鱗形、”惟”を通字にし豊後大神系37家と拡大していく。大友氏の豊後入国まで勢威を張った。中でも平家物語に登場する「怖しきものの末裔」として九州の部門の頂点に立つ「緒方惟栄」が有名である。大神佐伯氏の祖とは従兄の関係とも伝わる。
6.まとめ
「しづやしづ 賤(しづ)のをだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな」
源義経の妾で白拍子の静御前が源頼朝に呼び出され鶴岡八幡宮の舞殿で死を覚悟して踊った時の義経を思う恋歌である。”おだまき”から糸を繰り出すように繰り返し繰り返し静よ静よと呼んでくれた義経との日々に戻りたいものよ、と一途の愛を歌ったのである。
苧(からむし)という植物は今や繁茂する夏草刈りの対象の雑草の一つになってしまった。誰も昔は上質な糸を作る材料だったとは想像もしないだろう。ましてやその糸玉である苧環(おだまき)を見たことも作ったこともないであろう。
古今、「自然と文化の出会い」とはこういうところに所在してきた気がする。苧環伝説で脚色された俗的な大神惟基なんぞは最早どうでもよかろう。
了