忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜

地方の精神と国のかたち、都市は地方の接ぎ木である。

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鬼が曳く(1) 別館ブログ「海の向こうの風景」立ち上げ予定

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 1990年代初頭、今日もまた善男善女が曳かれていく。

 

 視界を遮るものとてない殺伐たる赤茶けたあるいは灰褐色の不毛の土漠の果てに、今日も一日ひたすら地表のものすべてと大気を焼き尽くしてきた白色の太陽が、漸く(ようやく)橙色に色を和らげて、地表に霞みの如く纏いつく砂塵の中を雄々しくゆったりと沈んでいく。人々にはもう出来ることなら昇ってきて欲しくない悪魔だ。砂塵の届かぬ遥か上空の天は一片の雲さえも拒んで青々と宇宙に突き抜けて行くようで、アラビアの戦士の半月刀の如くの触れれば切れそうな上弦の月が、そこに粛然と張り付いている。地上を掛け布団の如く覆っている熱気の籠った大気は完全に悪魔に水分を抜き尽くされて、そこに生きるすべての物の体内に浸透してでも、その水分を取り戻さんが如くに纏わりついてくる。やがてその天空に宇宙の果てから星々が染み出してきてチリチリと光を点(とも)し始める。大気はやがて風に転じてゆっくりと幾分その熱を冷まして方々に流れ始めてゆく。その時刻になっても尚、陸続とその天宆の下に善男善女が曳かれていく。

 

 その苛酷な大地を踏みしだいて建設された土漠の奇観としか言いようのない、半円弧状に重ねられた白屋根の巨大空港ターミナルビルが、沈む太陽に代わって煌々と、地に空にこの世に無駄という言葉が無いかの如く光を放出し始める。中東最大のリヤド空港は、労働者の運搬便が二十四時間途切れることなく往復を繰り返す世界でも特殊な空港だ。貧しい国々からのナショナルフラッグキャリアが到着する度に、到着ロビーでは同じ光景が一日中繰り返されていく。善男善女が曳かれていく。ここは現代の奴隷市場そのものだ。

 

 機上から眺めると、空港ターミナルに向かって延々と、まるで溶岩が一筋流れ込んでくるように橙色のナトリウム灯に照らされた高速道路が滑り込んでくる。一筋の溶岩を送り出してくる遥かその地平の果てに巨大な化学プラントが燃え盛っているように、この国の首都が忽然と宇宙の闇に威容を浮かび上がらせてくる。拡大し続ける若い都市でもあった。都市建設は波紋の如く外に外にと岩を削りワジを超えて拡大して止むことがない。この若い都市には善男善女がまだまだ不足している。

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 神々に手荒く創造されてしまった不毛の大地と、その上に贅を尽くして建設されていく煌びやかな光を放つ人工都市の非対称は、違和感を増幅して止まない。湿潤で多様な生命に溢れる緑豊かな自然との共生の大地に生きてきた東アジアの民である太郎には、三年以上をこの地に過ごしても尚、その違和感を払拭出来はしない。ここは火星の如くの荒々しい灼熱の大地の地球外天体に違いない。

 

 首都リヤドは、宇宙から俯瞰すれば火星の地表と見紛うかのようなアラビア半島のほぼ中央に位置するオアシスで、それ故にも古くより王城の地としての資格を得た。今ではその巨大都市の一角にミニチュアの城の如くに土で固められた王家の居城が残る。子供でも這い登ることが出来そうな城というよりは砦と言うに相応しいが、それでもここを押さえれば部族の首長はアラビア半島の盟主になれた。今はサウド家の手中に収まる。

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 サウジアラビアに入国するには、アラビア湾の一角に浮かぶかつて天然真珠の産出で賑わったバーレーン島からアラビア湾を跨ぐ高速道路を利用することも出来る。イスラム暦でいう週末には、サウジ人がバーレーンを目指して我も彼もと酒を目当てにこの橋の上を疾駆する。その距離延々二十五キロメートル。そのパラダイスのバーレーン島を遥か沖合に望む対岸のアルコバールから、西に向かってなだらかな丘陵を、ガソリンスタンドという命綱が数カ所もない土獏の中の一本道を、車で一気に五百キロメートルも上り詰めれば、海抜六百メートル程の位置にある王都リヤドに辿り着く。

 

 そこから更に西に紅海に向かって千キロメートルを進めば、南北を貫く標高二千メートルを超す山脈を超えて、やがて眼下にアフリカと半島を切り割く地溝帯の中に、黒々とした深く細長い、碧色のアラビア湾とは対照的な、紅海が見えてくる。その遠方に微かにアフリカ大陸が頭を覗かせる。山を下ればイスラムの起こった商都メッカ、国際都市ジェッダに着く。

 

 諸説あるが、この地から南に向かえば、かつてシバの女王が治めたイエメンに行き着く。エジプトの歴史学者旧約聖書アラブ起源説を書いた。女王の国と国境を接する地に本来の古代イスラエル王国が営まれていたと説く。現在のサウジアラビアのアシール地方になる。旧約聖書に記述される多くの地名はパレスティナには一致する場所がない一方で、この地方のそれにピタリと一致し、地図上にも重なることを証明した。ここが本来の約束の地であろうと。とすればシバの女王がソロモン王を訪問するのも容易であったろう。サウジアラビアの南西部からイエメンにかけては現在でもユダヤ教徒が暮らす。残念ながらサウジ王家はこの地の遺跡発掘を容認しない。その限りにおいて古代イスラエル王国は今のエルサレムの地に仮寓を許される。この書物は闇に葬られてしまったかの如く、今は何処か に息を潜めてその復活の時を待っているはずだ。

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“海の向こうの風景”(別館ブログ)に続く。