忘れなそ、ふるさとの山河 〜郷土史編〜

地方の精神と国のかたち、都市は地方の接ぎ木である。

“豊後のロレンス”のブログを訪問頂きありがとうございます。 望郷の念止み難く、豊後及び佐伯地方の郷土史研究と銘打って日々の想いを綴っております。たまには別館ブログ(リンク先)でcoffee breakしてみて下さい。読者になって頂ければ励みになります。

2021-01-01から1年間の記事一覧

積年の恨み骨髄に徹す 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(17)

薩長土肥という。倒幕雄藩である。いずれも徳川への恨みは深い。ただ肥前と土佐は少々背景を異にする。幸いにも徳川治世の260年間、いずれの家も改易、転封を受けていない。一所で力を蓄えるに十分過ぎる歳月である。薩摩と長州には徳川に対等の意識が強い。…

裸もまんざら悪くない 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(16)

裸にするのが好きである。女性のことではない。もっとも、嫌いという訳でもない。 物事の事である。ここは豊後佐伯地方の地形や地質を裸にする。すでに我が豊後の地勢については書いた(地勢と生活文化)。我が佐伯地方は付加体で成っていた。これが纏ってい…

豊後恨み節 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(15)

そう言いたい訳がある。豊後は何故にかように小国分立の他国の耳目を集めることの無い地域になってしまったのか。 江戸時代の豊後の各大名領地 いざという時にこの国を動かす出力を備え得る国でいたか否かという事である。幕末の長州や薩摩や会津や長岡や、…

紀州・海人族と鯨の行跡 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(14)

紀伊地方は豊後海部郡と同じ海人族を遠祖に持つ。かつて海部郡を置いた。この海人族は瀬戸内や阿波との関係が深い。その海部郡の南方に牟婁郡がありこの一帯を熊野地方という。無論、同じ海人族の地である。ただ、この熊野地方の目の前の海は同じ海人族が辿…

独歩が呻く、佐伯で吼える 日々雑感

国木田独歩、何とも熱くて性急で面倒臭くて側に居たくない男である。 独歩は、矢野龍渓(経国美談作者、佐伯市出身)より徳富蘇峰(国民新聞主宰)に打診があり、その推薦により佐伯に来た。独歩は、私学鶴谷学館(旧佐伯藩主毛利家が郷党の子弟の為に設立)…

豊国(からくに)と韓国(からくに)のからくり 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(13)

豊国(とよのくに)は律令制以前にあった国名であるが、これを旧訓では”からくに”と呼ぶとの話がある。要は韓国(からくに)と豊国(豊前、豊後)の因縁浅からず、ということなのである。その事実を見てみた。 まあ、九州北部は、朝鮮半島の生活文化をcopy &…

政略結婚の是非 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(12)

戦国時代、大友氏の麾下にあって、我が佐伯氏も大した策略家であったかもしれない。 政略結婚、一見、特に女性にとっては嫌な言葉に違いない。だが今の世にも、安心、安全の機能として息づいているのではないか、と思わぬでもないのである。利害が念頭にある…

佐伯の殿様、本で持つ(佐伯文庫の功罪)

偶には中世を離れて江戸期を覗く。寛政期、我が豊後佐伯藩にとんでもない藩主が出た。 高々二万石の片田舎の外様大名である。その二万石が結果的ではあるが、加賀百万石の向こうを張った。喧嘩ではない。書物の蒐集である。蔵書数の異常な多さである。江戸期…

鉄の来歴に想う 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(11)

鉄について語らぬ訳にはいかない。人間の営みを観察する限り無視し得ない対象である。 鉄は、農機具への使用は農業生産力を、武器への利用は殺傷能力(戦闘能力)を、飛躍的に高めた。無論、それに留まるものでは無いが、鉄は為政者には国力増強と生活者には…

佐伯と瀟湘八景

佐伯志(史では無い)をめくっている。佐伯八景という項に目が止まった。 八景とは北宋の官僚宋迪(そうてき)が湖南省長沙に赴任時に描いた山水画、瀟湘八景がその始源である。洞庭湖、これに流れ込む瀟水、湘江の風景を描いた。これで八景のテーマが確定し…

豊後相克の行方(続編) 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(10)

前回、大友氏の宿痾について触れた。極めて面倒な作業であるが筆者なりの解釈でこれをまとめてみる。 15世紀中期から16世紀末までのこの時期は、守護大名が戦国大名への変貌期にあり主従関係は緩くフラット気味であったろうか。在地領主に主家をも自力救済(…

母のツバメ

この時期の母のパートナーは玄関の梁に住まう燕である。誤解なきよう言っておくが”若いツバメ”ではない。最早そんな歳ではない。今年、90歳になる。 限界集落を絵に描いたような、かつては里山であった山間に、父が逝った後は一人で暮らす。家の外に出ても話…

大気と水への誘い 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(9)

前回に続く。西欧世界のアジア世界への到達について大気と水の視点から見る。 大気は風になる。渡り鳥には欠かせない。水は潮流になり海流になる。海流は回遊魚には欠かせない。潮流は引力が起こし海流は風が起こす。古代から人は回遊魚には倣うことは出来た…

国際貿易の嚆矢 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(8)

交易と言えば香辛料と奴隷である。紀元前より奴隷貿易はある。また古くからアラブ商人の主要な取引品でもあった。アフリカはともかく東欧やトルコから多くを調達した。奴隷のことを英語でslaveというが元はスラブ人のことであるのは周知の通りである。イスラ…

海からの覇権 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(7)

“海賊”は、本来、海の統治者である。陸の統治者が”土”を知行地とするのに対し、”水”を知行地とする違いに過ぎない。いわば海の在地豪族である。陸の権力が自らと同等に扱わない限りにおいて海賊となるのである。地球の7割は海である。海から見た道理があって…

豊後相克の行方 中世豊後及び海部郡・郷土史研究資料(6)

いつの世にも避けがたい新興勢力に対する旧勢力の反駁・反抗である。ただ、豊後においてはその新興勢力が進駐軍であったことが最後まで双方の宿痾として戦国時代末まで続くことになる。 豊後の名族・大神姓緒方氏は、源義経に対する頼朝追討の院宣を受けて義…

鬼が曳く(1) 別館ブログ「海の向こうの風景」立ち上げ予定

1990年代初頭、今日もまた善男善女が曳かれていく。 視界を遮るものとてない殺伐たる赤茶けたあるいは灰褐色の不毛の土漠の果てに、今日も一日ひたすら地表のものすべてと大気を焼き尽くしてきた白色の太陽が、漸く(ようやく)橙色に色を和らげて、地表に霞…

隠れ棲む人々 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(5)

以下、伝承と事実の欠片を拾い集めた筆者の想像である。信じるか信じないかは読者次第である。 最近、同郷のA氏から故郷のある集落についての不思議な話を聞いた。郷土史に詳しい御父君からA氏が未だ若かりし頃聞いた話との事であったが、久々に背筋に電気が…

道路交通法第五十三条について考える

道路交通法第五十三条について考える。 どうしても同意を求めたい事が一つある。世のドライバーの車の機能に対する理解の仕方についてである。というか運転の心構えについてである。もっとも、ここは方向指示器に限定しての話である。方向指示器はそもそも何…

苗字に追う歴史 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(4)

我が佐伯地方にかかわる苗字について調べたことがある。 竹馬の友に「お前の苗字の由来を知っているか。少なくとも今の内に役所から戸籍の履歴をすべて貰っておいた方がいい。その内、過去のものは抹消される。家譜を辿れなくなるぞ。」と脅されたからである…

地勢と生活文化(続編) 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(3)

インドに駐在するK氏から叱声が飛んできた。 筆者が、「この地は華やかな歴史舞台には登場しない。」、と書いたことへの反論である(4月7日付け、地勢と生活文化(1)参照)。地元の輝かしい歴史に目を向けるべきだ。曰く、縄文時代の最先端の文明・技術がか…

地方選に想う

女性たちの熱い戦いが終わった。 佐伯市俯瞰 我が故郷佐伯市長選のことである。静かな街は久方振りの”祭り” に湧いたことだろう。前回の無風選挙から、今回は一転、現役に三名の新人が挑戦した。そのうちの一人が女性候補で”大分県初の女性市長実現を”、と銘…

佐伯の殿様、浦で持つ 中世豊後及び海部郡・郷土史研究用資料(2)

生産力と戦力 前回は地勢の成り立ちをみた。今回は、その地勢による生産力について考える。 時を戦国時代に移す。戦国大名の領国の経済力は概ね石高で把握可能である。現在で言うなら国内総生産ということになる。ただ、太閤検地を待つまでは、全国的統一基…

地勢と生活文化 郷土史研究用資料(1)

地質学に付加体という言葉がある。 その前に我が豊後の地勢を強引に分類してみる。北から国東半島、中部大野平原、南部山岳地帯と大別出来る。国東半島から肥後、そして薩摩まで豊後を斜めに白山及び霧島火山帯が貫いている。また、日本を東西に貫通する中央…

週末に想う

退職後、初めての週末にある。 在職中は金曜日の夜から土曜日の朝までの時間がこの上なく好きであった。こういうのを至福の時間と言うのではないか。夜更かしも放題ながら、特に朝の光が部屋一杯に満ち溢れる土曜の午前の時間が堪らなくいい。光が徐々に明る…